ピンクレディーと性の目覚め
| オレが幼稚園のころの圧倒的な人気アイドルといえば、間違いなくピンクレディーであると断言できます。1976年(昭和51年)に「ペッパー警部」でデビューしてから、「カルメン'77」「渚(なぎさ)のシンドバッド」「ウォンテッド(指名手配)」「UFO」などを9曲連続でヒット・チャートの1位におくりこみ、芸能史上にその足跡を大きく残した、女性アイドルデュオでした。 まあオレと同年代の方なら説明するまでもないと思うが、よく知らないという若い方のために補足すると、ミー(現:MIE)とケイ(現:増田啓子)のコンビが、当時としては珍しいくらいに肌を露出したコスチュームを身につけ、派手な振り付けで歌を歌っていました。お色気路線を狙ったのだが、予想に反して子どもにも反響が大きく、その振り付けや歌詞などが小学館の学習雑誌などに毎月のように掲載されたり、様々なグッズが販売されていたのを覚えています。
では現在のアイドルでは誰にあたるかというと、正直これが非常に難しい。子どもを巻き込んでいるという見地からみると、やはり「モーニング娘。」になるのであろうが、ピンクレディーはもっと幅広い年齢層に支持されていた記憶があります。つまり老若男女に渡ってその存在が浸透していた感じです。 これは当時のメディアの種類が現在と比べると、かなり限られていたからだと思います。現在はテレビ・ラジオ・雑誌といった基本メディアに加え、ウェブ・CS多チャンネル・携帯・etcと、それこそ様々な情報媒体が存在します。一見するとこれはメディア露出のハードが増えており、その宣伝活動には有効かと思われがちだが、選択肢が多すぎるためにその効果があまりにも細分化してしまい、その情報を得る層が逆に限られてしまうという弊害を生んでいると思います。
つまりメディアが多様化していないほうが、その露出先が限られているためにかえって幅広い層にその存在を知られる結果になるわけです。最近のミリオンシングルと昔のミリオンシングルの印象の強さが、どうしても昔のミリオンのほうに軍配が上がってしまうのは、この辺の違いかとオレは考えています。同じミリオンでも、その認知密度が違うわけです。 さて前置きが長くなってしまったが、このピンクレディーはオレの一番古い記憶にうま〜くのっかってきています。しかもあの露出した衣装でしょう。女性を異性として感じるようになったのは、確かにこの頃からだと断定できます。つまり性の目覚めですな(ポッ)。まわりのみんなが熱狂するように、当然オレも園児ながらピンクレディーのファンになりました。ただそのファン心理というのは、そんなに純粋なものではありませんでした。 もちろんその派手な振り付けや、ポップな楽曲に魅力を感じてはいたが、やはりその根底に流れていたのは、そのエロいコスチュームにあったといっても過言ではありません。そうです。たかが4・5歳とあなどってはいけません。ピンクレディーの「S0S」という歌に
という歌詞があるが、園児もすでに狼です。なめちゃいけません。しっかりと女性の肉体というものに、何かを感じ取っています。なんだかよくはわからないけど、なにかこう、モヤモヤしつつも甘い感情を、なんとか自分なりに消化しようと懸命です。それだけにテレビを斜め下から覗いて 「ミーちゃんのパンツ、なんとかして見えないかなあ!」 なんて行動をとったとしても、決して軽蔑をしてはならないのです(笑)!彼らはモヤモヤを消化しようと必死なのですから。 女性の方は小さい男の子を無防備にだっこしたりしますが、あれは危険です。やつらは純粋さを演出するプロです。騙されてはいけません。もしも小さい子にあなたのイケナイ所(この表現・・・)を触れられたとしたら、それは無邪気さではなく、彼らの計算だと断言しておきましょう。男は狼なんですってば!やつらはしたたかなんだよ! ・・・ちょっと取り乱してしまいました。さて、ピンクレディーを語ると必ずでてくるのが、ミー・ケイどっち派であったかということです。ちなみにオレはケイちゃん派でした。健康的なお色気ということで、ミーちゃんのほうが相対的にファンが多かったような気がしたので、オレはその逆をいったわけです。こんな頃からすでにひねくれてたんだなあ。まあ兄貴がミーちゃんを先に予約(?)してしまったという理由も大きかったですが(笑)。 そういうわけで、幼いオレに女性を「女」としてみることを教えてくれたピンクレディーでしたが、彼女たちはオレの初々しい恋慕を踏みにじる行動にでます。おそらくピンクレディー最大のヒット曲であろう「UFO」において
と、とんでもない宣言をしたのです。 ふられた! 幼心にそう思いました。いや〜人生初の失恋でしたね。地球の男だよ?範囲広すぎだよ!取り付く島がないじゃん!可能性0%かよ! そんな人生の挫折を学びながらも、園児は懲りずにテレビを斜め下から見続けるのでした。 (2004年5月29日) |
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