オレと少年ジャンプ
| オレがガキの頃、「週刊少年ジャンプ」はまさに黄金の絶頂期をむかえていました。とにかくみんな夢中で読んでいました。ここではオレの人生に大きな足跡を残した「ジャンプ」について書きたいと思います。 オレは正直いって、「週刊少年マンガ」というものを敬遠していました。小学校低学年のころは、どちらかというと「コロコロコミック」や小学館の学習雑誌といった、いかにも子供子供した雑誌のほうが好きで、よく読んでいたものです。たまにラーメン屋とか、小児科とか、床屋で「週刊少年マンガ」を手にとったりはしたのですが、いかんせん絵が汚いというか、どうにも荒々しい。なんか血とか飛び散ってるし(おそらく「リングにかけろ」)、ちょっとエッチっぽいし(おそらく永井豪系)。子供心に「まだ見ちゃいけないものだ」と思いました。 しかし小学五年のときに転機が訪れます。そう、このサイトでも独立したコンテンツを持つ、あのマンガとの出会いです。その名は・・・『キン肉マン』!え? いわなくてもわかる? 当時プロレスにもはまっていたオレにとって、「超人プロレス」というテーマで、しかもカッコいいキャラが死闘を繰り広げるというストーリーは、まさにストライクゾーンだったのです。 はじめは友達の家で読ませてもらっていたのですが、だんだん億劫になり、とうとうあれほど毛嫌いしていた「週刊少年マンガ」を自分自身で買うはこびとなったのです。 はじめて買った号は忘れもしない、1982年の46号です。ちなみに『キン肉マン』では、ロビンマスクが悪魔六騎士のジャンクマンに逆タワーブリッジを決めて勝利した回です。そのほか『Dr.スランプ』『風魔の小次郎』『よろしくメカドック(新連載したばかり)』『ストップ!ひばりくん!!』『こち亀』『ハイスクール!奇面組』などが連載されていました。はじめはキン肉マン目当てだったのですが、よく読んでみると上記のマンガもおもしろく、まさにまるまる一冊楽しめる、それはそれは神々しい光を放つ雑誌にオレの中で昇格したのです。 オレははまると深くのめりこむタチなので、それからは毎週かかさず買っていました。1号でも買い損じると、なんか生理的に気持ち悪いのです。まさに集英社にとっては「カモネギ少年」(笑)でした。 オレは周りにも「ジャンプ(というかキン肉マン)」を宣伝し、ジャンプ仲間をつくりました。野田くん(仮名)もその一人です。当時オレがジャンプを買っていたのは、家の近くの駄菓子屋でした。ここは毎週月曜発売のジャンプが土曜日に売っているという、俗にいう「早売り」の店でした。人より早く読めるのだから、当然優越感があります。 しかしこの頃はジャンプ人気がうなぎ登りになってきた頃で、ライバルも絶えません。ちょっとした差で売り切れになってしまいます。そのためオレと野田くんは、土曜日学校の帰りの会が終わるととんでもない速さでダッシュしていました。その駄菓子屋へ一直線です。毎週ゼーゼーいいながら買っていたもんです。そのくらい毎週楽しみでした。 買いはじめのころ、オレは年末年始は雑誌業界が休みだなんてまったく知らず、ふつーに年末に「早売り」の店に顔をだし、「ジャンプください」と聞いていました。しかしどの店に行ってもおいていないので、「おっかしいなー?」と不思議に思っていました。いいかげんに発売日のチェックをしてほしいものですが、その当時のオレは「ひょっとしたら新連載の『ウイングマン』が遅れているのかもしれない」と、勝手に桂正和(ウイングマンの作者)に罪をなすりつけるという、恐ろしく飛躍した予測までしていました。 「早売り」の店を探すのも苦労しました。本屋業界的にも「早売り」は公正取引上タブーらしく、ばれるとおしまいです。他店から苦情がくるようになり、普通に月曜日に出さざるをえなくなるのです。そうなるとオレらは「ジャンプ行脚」にでなければいけなくなります。いちど土曜日で染み付いた体質は、そう簡単に元にもどりません。一度生活レベルをあげると、もうさげられないのと同じです。 オレらは自転車で街中を、あちらこちらと彷徨います。「あの駄菓子屋はくさい」とか、「あの本屋はチェックしたかな?」とか。隣町までいくなんてザラです。早売りの店を見つけたときの喜びといったら・・・もう石油の源泉を掘り当てたに等しいです。 ばれることに注意して「早売り」をしていたお店もありました。まずジャンプを店頭に出しません。レジの奥の、見えないところに隠します。そして予約制。名前をいって、ブツを購入します。まるで怪しいブツの引き渡しです(苦笑)。 オレの友達はひどいやつで、予約をしていないくせに堂々と「鈴木です」と、ありきたりの苗字をかたって購入していました。これがまたいるんだ、ジャンプを楽しみにしてる本物の「鈴木クン」が。ショックだったろうな。もしこれを読んでいる人で、過去に身に覚えがないのに予約していたジャンプが買われていた、という人がいたら、申し訳ないので犯人を教えておきます。そいつは井塚です。もし会う機会があったら懲らしめてやっていいです。 しかしどんなに秘密主義を貫いても、必ずばれるんだよな。アホがクチコミするんですよ。そんで広がってばれちゃう。でも土曜の夕方に小学生がわんさか集まりだせば、わかる人はすぐ気づくよな、そりゃ。そんな感じで、だいたい半年スパンくらいでまた違う店を探して彷徨っていました。 台風の時でも隣町まで買いに行きました。ジャージの上にレインコートをはおり、足にはビニールをかぶせて輪ゴムでぐるぐる巻きするという、重装備でした。この時はさすがに「なにしとるんじゃあーっ」と、親父にブン殴られました。そして恐れていた「ジャンプ禁止令」が出されたのです! 「ジャンプ禁止令」。ジャンプに命をかけていたオレにとって、これは翼をもがれたも同然でした。しかし親父も三日もすれば怒りはおさまったように見えたので、翌週もしらばっくれて買ってきました。特になにもいわれませんでした。今から思えば、母親がフォローしてくれていたのかもしれません。 大学ぐらいになると、さすがに早売りにはこだわらなくなりましたが、毎週買っていました。なんとはじめて買った1982年46号から、社会人の一年目までの13年間、一回も買いそびれることがなかったのです。大学の卒業旅行で3週間ほど日本にいないときも、友達に頼んで買ってもらってました。3週間分のジャンプはなかなか読み応えがありました。 じつはオレの卒業論文は「週刊少年ジャンプ論」です。ウソみたいでしょ?マスコミ学科に在籍していたので、これが可能だったんですよ。これについては「波瀾万丈大学生編」で詳しく書きたいと思いますので、お楽しみに。 出会いがあれば、必ず別れがあります。オレとジャンプの別れは、オレが社会人一年目の時でした。このころはもう惰性で買っていたのです。発行部数もマガジンに追い抜かれ、黄金期も終焉を迎えていました。というか、連載マンガがホントに幼年対象になってきてたので・・・ついていけなくなりました。今でも立ち読みはしていますが、読むのは「こち亀」と「ハンターXハンター」くらいです。 実家の押入れには、古いジャンプが眠っています。昔のはけっこう捨ててしまったので(今でも悔やまれます)、一番古いので『聖闘士星矢』が新連載の1986年第1号くらいでしょうか。親が「いいかげん捨てていい?」と何度も聞くのですが、「いや、いつか価値があがって、オレに感謝する日が必ずくる」といいきかせています。くるのか?そんな日が。手塚マンガの初版じゃあるまいし。でもこんどヤフーオークションにでもだしてみようかな。試しに。 (2003年11月20日) 【参考資料】
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